加計学園問題の論点整理: 岡山理科大学 獣医学部新設の必要性について

Twitterで見かけた論点を整理していきます.

 

四国出身のいち獣医師の意見です.追加点やご指摘などありましたら随時修正していきます.誤字,脱字,文章の乱れなどありましたらお許し下さい.

 

はじめに

本稿では,主に「四国・愛媛県今治市に新しく獣医大学をつくる必要性があるかどうか」ということを獣医師の視点から論じます.政治的な議論についてはわからないことが多く不確定要素が多いと思っていますので,他の方が書かれた記事をご参照下さい.

 

意見

今治市に新設される獣医大学は,不要です. 加計学園 岡山理科大学 獣医学部は国家・地域に必要な投資ではありません.

 

論点一覧

どうして獣医大学は西日本に少ないのか?特にどうして四国にないのか? 

医大学は,酪農畜産が盛んな地域に配置されています.西日本と比べて,東日本には北海道や東北といった酪農畜産が盛んな地域が多いため大学も多いのです

かといって,西日本に必要な大学が設置されていないわけではなく,西日本にも九州をはじめとした畜産拠点には大学が置かれています.

つまり「獣医大学の分布」ではなく,「日本の畜産が盛んな地域」が偏っているだけです.北部の冷涼な地域ほど酪農がしやすいため,どうしようもないことですし,理にかなっています.

四国地域は全国的にみても特に畜産農家と家畜頭数が最も少ない地域の一つですから,大学を設置する必要性がありません.

 

医大学は酪農や畜産が盛んではない地域に設置してはいけないのか?

設置したとしても教育・研究・臨床すべてが中途半端な役に立たない大学になってしまいます 

 

医大学の場合,教育・研究・臨床すべてがその地域にいる動物の数と種類に影響を受けます.この点が医学部など他の学部と異なります.

ヒト(私たち)は当然ながら日本全国・各都道府県に十分な個体数がいますが,家畜は違います.特に近年選択と集中が進み,かつての農村のように小規模で畜産を行う農家は激減し,北海道や東北,九州などの地域に密集しています.

家畜が少ない地域に大学を作っても,教育・研究・臨床すべてが中途半端になってしまいます.学生は臨床実習で診療する動物に困り,研究者はサンプルを集めることができず,病院の診療件数も極めて限られたものになります.

残念ですが,四国には満足な研究と臨床ができるほど牛やブタたちはいません.

 

四国に獣医大学がないというそれだけの理由で大学を作っても,割を食うのは満足な教育をうけられず,研究もできない学生達ということになってしまいます.

 

どうして獣医学部の数は限られているのか?獣医学部も他の学部と同じようにいくらでも作らせればいいのではないか?最低源の質は国家試験が保証してくれるはずだし,必要なくても自由競争にまかせて際限なく増やせばいいのでは?

医大学数と学生数が制限されている理由は,他学部と違って学生一人を育てるのに多くの命と労力,資金が必要だからです


医学生の育成にかかる労力は桁違いに多く,たくさんの基礎・臨床実習の履修が必要です.解剖実習では学生数に応じて動物を犠牲にしなくてはいけません.畜産農家や飼い主さんから善意で提供される病理解剖献体数はもとより限られます.臨床実習では,病院の先生と何より病気の動物と飼い主さんに迷惑がかかりながらも善意で教育を受けさせて貰っています.

 
学生は勝手に教育され経験を積んでいくのではありません.
 
大学教員は,社会の役に立つ獣医師を育成しようと必死に教育をしています.畜産農家や飼い主さん達は,善意で病気の家畜や伴侶動物を学生の教育の一助とすることを許してくれています.解剖や実験では,本意でないながらも少なくない動物たちの命を供します.
 
その命と労力を無駄にしないために,獣医大学数と学生数は制限されています.
 
自由競争にまかせて大学新設を際限なく行うと,国家試験に合格できないような学生が溢れます.
 
国家試験に合格できず,獣医師として社会に貢献できない学生の数だけ,貴重な命と善意を無駄にしてしまいます

国家試験に合格できないような学生を大量粗造して,動物たちの命や飼い主さんの善意,現場で協力してくれる獣医師の努力を無駄にすることはできません.

公務員獣医師のなり手が少ないのはどうして?

公務員獣医師が避けられるメジャーな理由は

  1. 給与が低い
  2. 獣医師として勉強してきたことを仕事の内容に生かせないかもしれない

からです.

公務員獣医師の初任給はおおよそ月給20万前後です.それに加えて,大きな昇給が望めない状況です.その一方で私立大学では学費は二千万程度です.単純にコストパフォーマンスを考えて公務員を選択肢としてあげない学生もよく見ます.

また,場所によりますが,仕事内容は公衆浴場の指導から家畜防疫,食鳥処理まで極めて幅があります.例えば家畜疾病の予防や対策開発をやりたいという人がいても,公衆浴場の指導が仕事になるかもしれません.

この状態では,目的意識の高い学生ほど公務員をさけてしまいます.

公務員獣医師を増やすために大学を作るべきではないか?

大学新設して学生の数を増やしても解決策になりません公務員獣医師を増やす最も費用対効果が高く有効な方法は,公務員獣医師の給与と職務内容を変えることです

すでに潜在的に公務員になりたい獣医師は相当数います.

特に今獣医師数が最も多い小動物臨床は薄給のうえに重労働です.もっと給与が多く,獣医師の能力を使って働ける職場であれば,すぐにでも地元に戻るために公務員になりたいという方はたくさんいます家畜疾病制御に興味がある学生もたくさんいます.

この状態で学生を増やしても,「公務員になりたいが,給与や職務内容が悪いために他の領域に就職する」学生をふやすだけです.

四国の家畜伝染病の防疫体制を充実させるために大学を作るべきでは?大学を作って四国に口蹄疫など重大な家畜伝染病が入ってこないようにするべきではないか?

家畜伝染病の予防や対処にあたるのは家畜保健衛生所の職員です大学の職員ではありません

こういった伝染病を防ぐには,空港・港での輸出入時の検疫をきちんとすること以外に方法はありません.大学を作って解決を試みることは効果がありませんし,的外れです.

実際に,宮崎県には宮崎大学がありましたが,口蹄疫の伝染を防ぐことはできませんでした.

また,例えば口蹄疫が四国に入ってきたとしても,法定伝染病ですので大問題ですが,宮崎ほどの事態にはなりづらいと考えられます.

宮崎で口蹄疫が大きな問題となった理由は,宮崎が畜産の盛んな地域だったからです.畜産農家が密集しているために伝播がはやく,さらに感染頭数も多かったので殺処分に極めて多くの獣医師が必要でした.

 一方,四国では口蹄疫が入ってきたとしても,感染する家畜自体が少ない状態です.農家の数も少ないので,封じ込めのための人手も宮崎の時ほど必要ないはずです.育種が盛んでもないので,種牛を失って系統が途絶えるリスクも低いです.

それでも四国の家畜疾病対策を強化すべきと考えるなら,北海道や東北,九州できちんと牛・ブタの経験を積んだ獣医師を四国の家畜保健衛生所リクルートするべきです.
 
家畜頭数の少ない四国にいては,重要な家畜伝染病の勉強はできないでしょう.

少数とはいえ,四国で酪農畜産を営む人たちのために獣医大学は必要では? 四国では家畜疾病の対策がとられていない状況ではないのか?

現在でもちゃんと四国には家畜保健衛生所もありますし,農家が少ないので規模は小さいですがNOSAIもあります.四国の畜産の規模なりに,対策はとられています
 
家畜保健衛生所では,病理組織検査に加えてPCRやその他家畜疾病診断に必要な検査が一通りできます.

医大学がないからといって,家畜伝染病の対策や大動物の診療が立ちゆかないわけではありません.

医大学を作ることは,対策になっていませんし,過剰投資です.

四国に産業動物獣医師が少ないのはどうして?四国に大学をつくれば産業動物獣医師はふえるのでは?

四国に獣医師数が少ない理由は,そもそも診療対象となる家畜頭数が少ないからです
 
NOSAI等の診療所の規模も小さく,地域の家畜頭数とバランスがとれています.
 
この状況で大学を作って学生を増やしても,地域の家畜頭数が劇的に増えない限り経済活動として成り立たず,四国に残りたくても就職できない学生を増やすだけです.
 

最後に

加計学園問題を観察していると,獣医師や畜産を取り巻く環境をよく知らないまま,ずれた議論が行われている状況を多々見かけます.本稿が議論や理解の一助になることを望んでいます.